父はヤクザ、母はヤク中、食事も基本的なしつけもいいかげんな機能不全家庭で虐待され、学校でもいじめられたり先生に見放され、九九や読み書きどころかまっすぐ立つとか基本的なこともできない子供。 

家庭は普通でも、生まれつきで忘れ物が多い、人の話を集中して聞けない、思慮が浅い、人の気持ちがわからないなど発達障害がきっかけで非行に走った子供。 
グレる子は認知に偏りのある子が多いという。 

この本は、少年院での一人一人の個性にあわせた矯正プログラムについて書かれている。 
まずは集団生活のやり方を教え、生活習慣を整える。 
特性を理解し、指導し、罪を理解させ、心から反省させ、二度もしないように更正させる。 
他人の話を聞く楽しさを教えたり、非言語コミュニケーションを学んだり、自分の気持ちを言語化できるようにしたり、自分をコントロールできるような効果的な訓練をする。 
「なぜ俺がこんな所へ入れられるんだ」という被害者意識から「俺はとんでも事をしたんだ」という自覚に変わっていく。 
再犯率低下に成功した話もある。 
(実際の少年院では日々の対応に追われ、個別指導まで手がまわらずにいることが多いという。) 
もともと集団生活に馴染まない子供達なのだから、そりゃ大変だろう。しかし外の学校と同じようにただ集団生活に押し込むだけでは矯正にならない。 
「何があってもひたすら聞いてあげる、受容する」という優しく包み込む教育方法だけではダメで、思いっきり叱りとばし本気でぶつかっていくことも必要なんだなって思った。 

これは本来、学校や家庭でやるべきことではないか。罪を犯してからでは遅過ぎる。 
しかし家庭が荒れていたり、いまの学校での画一的な教育では、このような個別指導は望めそうもない。 
社会では、空気を読まない発言をすれば「和を乱す」「集団のルールがわかってない」「つきあいづらい」と血祭りにあげられる。 
「みんな違っていい」「世界に一つだけの花」というのは上辺だけで、実際の社会は異質なものを排除しようとするものだ。 
先生も根をあげて「もう学校に来なくていい」となってしまうらしい。 
私はクラス分けは成績で分けるべきだと思う。せめて。 
成績の良い子供と悪い子供が同じ授業を受けるのは両者にとって苦痛だろうし。 

良い本だと思うけど、オビに書いてある「本当にダメな人間なんて一人もいない」には同意できない。 
現実には生まれつき良心に欠けた人間もいる。本当に。